ごあいさつ  

2011.06.08 水.
pm 17:47
BAR SO-WHAT,栗岩稔のこと,酒場にて

【Candyのマスター】

George Duke/After Hours
それは、夕暮れの酒場でよく流れるアルバム
オンからオフに切り替わる街の瞬間
夕暮れの街灯りが見えるソファで食前酒を飲む男と女
ディナーのあとのバーカウンターで葉巻を楽しむ男とその隣で静かに微笑む女性
そんな街のひとときを髣髴とさせる名盤

出会ったのは20年前のある日
会社の先輩に連れられて訪れたとあるバー
新宿甲州街道に程近いビル
すれ違うことが出来ないくらいに狭い階段を下った先に広がる大人の空間

目指す先は18席もある一直線の長いバーカウンター
「僕らのような若造はこっちの端だよ」と先輩がひと言
そこはマスターから一番遠い席
目の前には酒瓶とマスターのアシストをそつなくこなすスタッフ

大好きなビールをいただく
「うまい!」
すべてに手を抜いていない味の余韻を楽しみながら、遠くにマスターを眺める
時がたつに連れ、ひとり、またひとりと常連らしき男たちが現れ、決まった席に落ち着く
何も注文せずとも出てくる彼らの酒
彼らはさりげない会話を始め、どこかで見つけたおもしろいモノ自慢
まるで子供のように無邪気に、楽しげに、酒と音楽と会話を楽しむ

モラルの無い大人は大嫌い、軟弱な酒を飲む男は苦手
うるさく、しつこく、酔っ払うお客は帰すそのマスター
趣味はスキー、野球、写真、かつてはサックスプレーヤー、そして大の巨人ファン
勝敗に影響されるのはスポーツ紙を読む時間の長さとそのご機嫌
草野球チームのユニフォームは巨人のそれと瓜二つ
アルバイト面接に必ず聞く言葉「野球出来る?どこのファン?」

ほどよい緊張感で満ち溢れた店内はマスターのまったく無駄のない動きから生み出されるその酒と
壁一面のLP、CDから一曲ずつ選ばれ途切れることなく流されるジャズ、フュージョン、ソウル、R &B

感動した
ほぼ毎晩通い詰めた
東京の象徴だった
安心した
そして、身が引きしまった

開店間もない店内でその日の夕刊、スポーツ紙を鼻眼鏡で読む姿
新しく購入した音源の確認、その間合いを取るようにタバコを一服
ゆるやかに立ち上るロングピースの香り
BGMはGeorge Duke/After Hours

その姿にあこがれ、その時間帯に通った

またひとり目標とする男が現れた
それがまたしてもマスターという仕事
そのマスターから学んだこと
バーカウンターでの男の振る舞い、酒、タバコの吸い方、音楽、そして、女
勿論バーテンダーの仕事

何年も通い詰めた年、30歳を目前にした初夏の夕暮れ
その日、はじめてマスターの目の前の席に案内していただいた

特等席だった
緊張した
背筋がさらに伸びた
何かをひとつ越えられた
その日初めて、ボトルキープした

30歳の秋
そのバーカウンターの中で働くことになった

月日が流れた秋の日 ペナントレース終了後に巨人軍長島監督が第一線を退いた
そしてマスターも退いた

あれから20年
路地裏の酒場の外灯がともる頃 George Duke のピアノが響く

酒場で男を学んだ酒番 栗岩稔

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2011.02.01 火.
am 08:40
BAR SO-WHAT,ごあいさつ

【bar sowhat】

その酒場は銀座一丁目 旧木挽町、京橋との境
古きよき銀座の良さをどこかしこに感じる静かな場所にあります。

辺りは日本初の西洋印刷発祥の地でもあり
小さな印刷工場の音が穏やかに響く路地裏にあります。

尋常ではない賑わいを見せる銀座通りから柳通りをまっすぐ、まっすぐ
昭和通りを過ぎた日吉橋の手前
自動車が心無く走り過ぎる旧築地川の近くで静かに静かに佇みます。

柳通りから入る小さな路地に面した小さな小さな酒場
それが、「bar sowhat」

そこに看板はありません あるのはやさしい灯りひとつです

心豊かな人々が集うため
酒場の文化を継承するため
言葉を発信し続けるため
伝えるべき良きモノを伝えるべき人に伝えるために
その酒場はあります

「酒場」
それは、人が集う場所であると考えます
酒を飲むためだけではなく
その場を通して文化を継承する場所であると考えます

「伝説の酒場」となるべく
平成二十三年二月四日午後三時
開業いたします。

平成二十三年二月吉日
bar sowhat 酒番 栗岩稔
東京都中央区銀座1丁目21-7(木挽町路地裏)

2010.12.31 金.
pm 23:50
ごあいさつ

【ありがとうございます】

また 一年というひと区切りが訪れます

それぞれにそれぞれの時がありながら迎えるひと区切り

あくまでもひと区切りなのかもしれません

すべての人に共通な時間の長さ

もしかしたら 時間の長さだけが共通なのかもしれません

新たに始まる一年が大切な時の流れでありますように

ありがとうございました

平成二十二年大晦日に
栗岩稔

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【栗岩稔の経歴】

1989年3月 株式会社ダーバン ポロ・ラルフローレン事業部チーフ
1991年3月 株式会社オカノインターナショナルコーポレーション TUMI事業責任者
1998年 9月 銀座キャンディバーテンダー勤務、鎌倉コーヒー専門店ロンディーノ勤務
2000年4月 鎌倉ザ・バンク店長および酒番
2004年1月 株式会社スタイルクリエーションズ役員
2004年11月 銀座クロージングサロン「サローネ オンダータ」開店同店事業責任者,酒番
2008年9月 株式会社スタイルクリエーションズ広報業務、直営店運営業務委託契約
       株式会社滝沢滋 広報業務委託契約
       株式会社スパチオインコントロ 会員制サロン「NUIT」運営業務委託契約
2009年4月 個人事業開始
2009年7月 青山ブリフト・アッシュ顧客マーケティングコンサルティング、接客指南
2009年6月 「THE CLUB」主宰 ※鎌倉惣菜、ブリフト・アッシュ、AZABU THE CLASSIC TAILOR 
2010年4月 パーソナルコンシェルジュ活動開始 企業代表者など10件
2010年7月 プライベートサロン「ROYAL ROSE」設立アドバイザー
       シークレットアカデミー講師
2010年8月 オフィス栗岩稔株式会社設立
2010年9月 栗岩稔のアトリエ会員制サロン設立予定 
2011年春より酒場を舞台としたロードムービー「SO-WHAT」プロデュースのため製作委員会発足

メディア関連:
媒体取材実績
東京カレンダー、MEN’S EX、商業界など多数

ラジオ番組企画構成演出、出演
2004年4月 鎌倉FMにて「SOME OTHER TIME」
11月 中央FMにて「SO-WHAT」
コラム執筆活動
2005年4月 「A DAY IN THE LIFE」
2008年9月 「酒番紀行」
2010年2月 「四十にして惑う」(仮称)
2011年4月 「酒場日記」出版予定

WEB関連
2008年 9月 株式会社スタイルクリエーションズ公式WEBサイト開設ディレクション
2009年12月 栗岩稔公式WEBサイト「THE CLUB」開設 

2010.08.10 火.
am 10:03
ごあいさつ

【御礼】

前略、立秋とは名ばかりの今日この頃、お変わりなくおすごしのこととお喜び申し上げます。
このたび栗岩稔は、自身を商いの原資と定めオフィス栗岩稔株式会社を
平成22年8月10日に設立させていただきますことをここにご報告申し上げます。

ゼロから新たなカタチを生み出し、「人」を集めることを自身の生業とし
栗岩稔にしか出来ないコトをご提案し、その眼と感性を通して
新規事業設立、空間創造のお手伝いをさせていただいております。

また「人と人の間に生まれる商い」の根本でもあり
人の歴史にもかかすことの出来ない酒場の文化を継承するために
「伝説に残る栗岩稔の酒場」の創造に向けて自身を磨き上げ
皆様のお目にかかれる日にむけて精進いたしております。

今後の栗岩稔にますますのご指導ご鞭撻のほど賜りますようお願い申し上げます。

ありがとうございます。
                  
草々

平成22年8月吉日
オフィス栗岩稔株式会社
代表取締役 栗岩稔

会社名:オフィス栗岩稔株式会社
所在地:〒104-0052 東京都中央区月島4丁目17-1-520
連絡先:090-1030-8372
電子メール:kuriiwa.m@gmail.com
事務所:東京都中央区日本橋兜町1‐7デュオスカーラ兜町1002 株式会社MJJ内
電話:03-6661-9984 ファックス:03-6661-9979

2010.02.04 木.
pm 13:58
栗岩稔のこと

【恐縮ですが、栗岩稔のこと】

1968年10月 長野県上田市生まれ 血液型 A型
幼少の頃から信州の大自然の中で野球少年として育ち甲子園球児を目指すも、
医師の判断により甲子園の道はおろか野球そのものに対して挫折を経験。
在学中に読みふけった文学の影響で自我に目覚め、高校生ながらにして一般社会に飛び出す。
そこで、大人の振る舞いモラルなど自己の甘さを痛感。
卒業後は目指すもののない大学生活への疑問を感じ親元を離れアルバイトをしながら単身生活。
そのなかで働くことの意義、労働により得られる対価の価値を痛感し、
接客業をはじめとする「人対人の商い」の重要性を実体験として体感。
二十歳を迎える頃、地元初上陸となる百貨店内ナショナルブランドショップ展開のための
販売契約社員として、正式に一般社会への仲間入りを果たす。
ブランドそのものの紹介はもとより人対人の信頼関係に成り立つ服飾販売を試行錯誤の毎日。
しかし、着実に実績を確保し続けた実績評価と都心百貨店担当人員強化という時期にあたり、
地方から都心への人事異動という異例の機会で単身上京する。
二十代前半のバブル経済を痛感した都心でのナショナルブランド勤務を経て、
現在では多くの人に支持されるビジネスバッグの日本導入時の責任者として参画。
企画開発から顧客担当までこなし、日本全国はおろか世界各国を駆け巡る。
三十歳を目前に「大きな看板」を背負った栗岩稔の人生に惑い、十年後の栗岩稔を
体現するため一念発起して銀座でバーテンダー修行を開始する。
運よく日中の勤務先であった神奈川県鎌倉市内の老舗コーヒー店にて紹介された渡邊かをる氏が
プロデュースするバーの開店を機に店長、酒番として店を任される。
鎌倉市内はもとより関東各地から老若男女が、夜毎集う紳士淑女のバーとして存在を示す。
ある日、偶然というよりも必然と出会ったモデリスト滝沢滋氏とともに、夜毎男女が集い、
己を磨きあげるウツワの構想を共有し練り上げていく。
ついに2004年11月銀座七丁目にてサローネオンダータを立ち上げる。
その隠れ家的なサロン、カスタマイズクロージングの時流の先端を担っていたこともあり、
開店から三年後には顧客数300名を越えるサロンとして確固たる存在へと高める。
2008年秋、次世代にその任務を譲り、栗岩稔として四十歳を迎えたとともに新たな道へと独立。
心から湧き上がる言葉によって人を集め、同店バーサロンの二十四節気に基づいた営業、
会員制サロンNUITの番頭を歴任する。
そして現在、
人と人のつながりを大切にしながら次の十年後の姿を模索しながら生き様を表現する日々。
2009年冬、栗岩稔オフィシャルWEBサイト「THE CLUB」を開設
2010年春、オフィス栗岩稔株式会社の設立準備

この二十年余りの社会経験によって培った人に対するということを様々な観点から語り、
働くことや礼儀や節度など、生きていく上で必要なことを伝え、人間力の向上と
戦い続ける人々へ心の底から湧き出る言葉を綴り続け、
次世代の人々のためにモノを介さない新たなカタチの創造に向かう日々。
人対人のつながりをもとに構築する「人の輪」
目の前に人がいないヴァーチャルかつ人との関係作りが薄れてしまったこの時代だからこそ、
本来あるべき人とのつながりやその関係の上に成立する「人の輪」
古の時代からあったはずの「人の輪」の構築へとつなげる。
言葉を伝えることを忘れてしまったこの時代に、今改めて面と向かって人に伝えます。
それが、栗岩稔の使命です。

2009.12.09 水.
pm 22:15
ごあいさつ

【はじめに】

前略、最期の時には、ルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」で送ってください
もしも、もしも、私の最期に集まってくださる人々がいらしたら
その時は、ビル・エヴァンスの「アローン」を聴いていただいてください

平成の世に迎えた成人
平成の世に出た社会
平成の世を走り抜けた二十余年
そして迎えた四十歳
先人曰く「不惑の年」に惑った四十男の独り言
しばしお時間頂戴いたします

初めは服屋でした
大変な泡沫経済に泡沫若者でした
きれいな服をたくさん手に入れました
きれいな女(ひと)にも出会えました
きれいな服と華やかな毎日に有頂天でした

とても

次はかばん屋でした
大変な泡沫経済が終わっていました
生意気にも輸入品を世の中で育てあげる仕事をしました
このときもきれいな女(ひと)に囲まれていました
このときも有頂天でした
さらに、ひどい若者でした

三十路を前に少し惑いました
大人の仲間入りをする時の自分の姿が想像出来ず

生き様に惑った挙句、酒場に飛び込みました
酒、音楽、タバコ、止まり木、好きなものがすべて詰まっていたから
ゼロから再出発しました

すべてを失くして

酒場は刺激的でした
自身のちっぽけさが身にしみました
世の中のことを何も知らない自分に気づきました
夜の顔に会うことが出来たら朝の顔にも会いたくなりました

その朝の顔も刺激的でした
安息の場所から世に出る朝の顔
安息の場所に帰る前の顔
すべてが人の顔です

新たな止まり木に留まりました

新たな酒、音楽、葉巻、器、モノに出会えました
もちろん人も

きれいな女(ひと)にも

もっと、もっと刺激的でした

世界の人の顔が見えました
世界の顔を見にいきました
新たな創造が生まれました
素晴らしいウツワが出来ました
そこの番頭をしました
服とか酒とか音楽とかモノに拘らず
集まる人の顔が見えました

幸せでした

でも、また何故か惑いました

そして、四十歳を過ぎた今も惑っています
残り十年のために

世に出でてこれまで、何万という人々に出会うことが出来ました
とても幸せなことです
何万回もの、その場面すべてに音楽が流れています
その音楽は様々です
残念ながら、今、音楽は流れません
著されるのは言葉だけです
音楽は想像してください
言葉も音楽も人それぞれです

それぞれの人が、それぞれに生きているこの世界
すべてが素晴らしきものでありますように
私がこの素晴らしき世界で何万回も言った「ありがとうございます」
その「ありがとう」が何かのカタチで伝われば幸いです

この電子日記のはじめに
草々

平成二十一年師走の善き日に
栗岩稔