【10年前と10年後、今の酒】

10年前の鎌倉

銀座で仕事を終えた50代後半の著名な装丁家

ラガブーリン16年を1対1の水割りで立ち飲みカウンターで静かに飲(や)る

葉巻はコイーバ

言葉を必要としないその時間

だまって一杯、調子が良いともう一杯

週末はドライ・マティーニとコイ―バ

いつものように言葉を必要としない、ドライ・マティーニだけの緊張感のある駆け引き

10年後の銀座

その装丁家は突然現れる

1対1.5のラガブーリン16年を2杯

「ようやく見つけましたよ、噂ばかりでさ…、鎌倉にひっそり店を出したとか、銀座で、とか…」

その夜初めて、自らを名乗る記憶という名の大切な名刺を交換

翌日、弟子とともに現われた彼はラガブーリン16年の1対1.5の水割りを2杯

弟子もそれに続く

「今日はさ、俺の一番弟子の祝いなんですよ、洗礼を与える一杯を作ってやってよ」

ジョニーウオーカーベースの「ロブ・ロイ」を差し出すバーテンダー

彼は、初めてみる笑顔とともにドライ・マティーニの注文

そして、ひと口 

「おっ、お前さん、良い年取ったね!何があったか知らないけれど、10年近くになるかな」

「昔は眼光するどくてさ、眼で会話してたよな、眼力っていうのかな」

「旨いね…、もう一杯もらおうか」

2杯目を10年前のドライ・マティーニで差し出すバーテンダー

「おっ、来たね、これこれ、あの切れ味だよ、だけど、これはあそこで飲む味だな」

「よし、あと10年は銀座で遊ぶか、お前さんがここにいるからさ…、1対1.5でな」

「だけど、ホントに良い年とったな、わかるよ、このドライ・マティーニでさ」

深々と頭を下げるバーテンダーの手には次の世代の記憶という名の名刺

1対2の水割りとドライ・マティーニで10年後を想う夜

酒番冥利に尽きる夜

酒番 栗岩稔

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