2月   2010  

2010.02.07 日.
pm 21:46
THE CLUB AOYAMA,The CLUBについて

【スコッチ&ソーダ】

テレサ・ブライトが静かに唄う「Scotch & Soda」

この曲が良く似合う「スコッチ&ソーダ」

昭和の男たちが飲(や)った「ハイボール」

昨今の軟弱な「ハイボール」

それぞれの「ハイボール」

無論、それぞれの人の好みですが…。

旨い「ハイボール」が好きです、私は。

2010年2月19日金曜日午後8時 The CLUB at Brift Hにて
試してみてください「スコッチ&ソーダ」を

2010.02.04 木.
pm 21:08
ある日の出来事

【春雪】

雪交じりの雨に見舞われた銀座七丁目。
深夜一時のタクシー乗り場の人の列。
寄り添って寒さを楽しむ男と女。
酔った勢いでしゃべりつづける会社員。
ひとり静かに寒さに耐える背の高い和服の女性。
携帯電話で常に話しをする華やかなドレスを着た女性。
ひとり傘もささずにコートの衿を立てて立ち尽くす。
後方には迷子になった大人たちが列を作る。
雨とも雪とも見分けのつかない水が街灯に照らし出される。
降りしきる雪は強さを増す。
背後から差し出された様に感じられる傘。
髪を濡らしていた雪が少なくなる。
ひとり、またひとりと冷たく開くドアに吸い込まれる。
少しずつ前に進む。
同じように背後から差し出される傘。
後ろを振り返らず黙ってその気持ちを受け止める。
寒さと風をしのぐことが出来た人の列が徐々に減る。
身体に正面から受ける通りを吹き抜ける風。
かき上げた前髪が冷たく目にかかる。
暖かな気持ちに包まれる男の背中。
走り去る空車表示の車に左手を濡らし、しばし立ちすくむ。
ようやく停車する車。
ようやく気づく雪交じりの冷たい雨。
最後に振り返る。
そこには、黒髪をきれいに結い上げた春色の和服姿の女性。
霙が止まったかのように静かにたたずむ。
冷ややかな箱型の鉄の傘に覆われる前に初めて全身を濡らし
深々と無言でお辞儀をし、腰をおろす。

女性は気づかぬふりで傘で顔を隠し、
いつ来るのかわからぬ空車をひとり待つ。
雪に濡れた左肩を初めて傘で覆いながら。

静かに街を濡らしていた雪が音を立てて雨に変わるころ
不自然な暖かさに満ちた鉄の箱型の傘とともに雨をかき分け一日が終わる。

春の雪のある夜の出来事
栗岩稔

2010.02.04 木.
pm 14:28
THE CLUB AOYAMA,The CLUBについて

【水割り】

この道に踏み出した頃のある夜

灯りの落とされたバーカウンター

目指すべき男のひと言

「水割りが一番難しいよ…、水割りがさ…。」

静かに漂う紫色の煙

静かに流れるジョージ・デュークのピアノの音色

10年後

独り味わう水割りの夜

独り味わう「生命の水」

男の酒場の「生命の水」

今、強く感じる奥深さ

2010年1月22日金曜日午後8時 THE CLUB at Brift Hにて

背伸びした頃のまずい記憶の水割りを「生命の水」の水割りで

2010.02.04 木.
pm 14:23
ある日の出来事

【春の乱】

「雪」という字は雨(あめ)と彗(ほうき)のふたつの文字からなる形声文字。
雨で洗い清める、そそぐ、の意味からなり、転じて白いさまのたとえにも使われる。

一日のけがれを洗い流すかのように雨が降りしきる深夜1時。
銀座七丁目タクシー乗り場。
真っ白な吐息。
今にも結晶となった雪が舞い乱れそうな冷たい風。
街の明かりが反射して明るくされた夜空。
酒で一日を洗い流したつもりの男が二人。
傘もささずに夜空を見上げる男。
仕事帰りの美しい女性。

「雨でぬれてしまいますよ。良かったらタクシーが来るまで入りませんか?」
差し出される白い傘。
「ありがとうございます。雨って好きなんです。」
言葉少なく、車を待つ。
小さな白い屋根に覆われた男と女。

その心に気持ちが洗われた男。
微笑んで傍に立つ女性。
到着する二台の車。一台目は直進、二台目は左折。

数年前、屈辱をうけた街。雪辱を期すために集結した街。
あれから年月が過ぎ、ようやくこの街に少しだけ馴染むことが出来た。

「雪辱(せつじょく)」は洗い清める雪(ゆき)と、けがす、けがされる辱(じょく)。
汚された心を洗い清める気持ちとその行動をあらわす。

ちなみに
雪、花、菜と書いて「雪花菜(おから)」と読む。
雪のように白く、可憐な花のような「うのはな」。
その美しいその文字を思い出したその夜。
降りしきる雨は明け方雪に変わり、
少しだけ積もった雪は灰色にくすみ、朝の街を汚すだろう。

立春を過ぎたある日に
栗岩稔

2010.02.04 木.
pm 13:58
栗岩稔のこと

【恐縮ですが、栗岩稔のこと】

1968年10月 長野県上田市生まれ 血液型 A型
幼少の頃から信州の大自然の中で野球少年として育ち甲子園球児を目指すも、
医師の判断により甲子園の道はおろか野球そのものに対して挫折を経験。
在学中に読みふけった文学の影響で自我に目覚め、高校生ながらにして一般社会に飛び出す。
そこで、大人の振る舞いモラルなど自己の甘さを痛感。
卒業後は目指すもののない大学生活への疑問を感じ親元を離れアルバイトをしながら単身生活。
そのなかで働くことの意義、労働により得られる対価の価値を痛感し、
接客業をはじめとする「人対人の商い」の重要性を実体験として体感。
二十歳を迎える頃、地元初上陸となる百貨店内ナショナルブランドショップ展開のための
販売契約社員として、正式に一般社会への仲間入りを果たす。
ブランドそのものの紹介はもとより人対人の信頼関係に成り立つ服飾販売を試行錯誤の毎日。
しかし、着実に実績を確保し続けた実績評価と都心百貨店担当人員強化という時期にあたり、
地方から都心への人事異動という異例の機会で単身上京する。
二十代前半のバブル経済を痛感した都心でのナショナルブランド勤務を経て、
現在では多くの人に支持されるビジネスバッグの日本導入時の責任者として参画。
企画開発から顧客担当までこなし、日本全国はおろか世界各国を駆け巡る。
三十歳を目前に「大きな看板」を背負った栗岩稔の人生に惑い、十年後の栗岩稔を
体現するため一念発起して銀座でバーテンダー修行を開始する。
運よく日中の勤務先であった神奈川県鎌倉市内の老舗コーヒー店にて紹介された渡邊かをる氏が
プロデュースするバーの開店を機に店長、酒番として店を任される。
鎌倉市内はもとより関東各地から老若男女が、夜毎集う紳士淑女のバーとして存在を示す。
ある日、偶然というよりも必然と出会ったモデリスト滝沢滋氏とともに、夜毎男女が集い、
己を磨きあげるウツワの構想を共有し練り上げていく。
ついに2004年11月銀座七丁目にてサローネオンダータを立ち上げる。
その隠れ家的なサロン、カスタマイズクロージングの時流の先端を担っていたこともあり、
開店から三年後には顧客数300名を越えるサロンとして確固たる存在へと高める。
2008年秋、次世代にその任務を譲り、栗岩稔として四十歳を迎えたとともに新たな道へと独立。
心から湧き上がる言葉によって人を集め、同店バーサロンの二十四節気に基づいた営業、
会員制サロンNUITの番頭を歴任する。
そして現在、
人と人のつながりを大切にしながら次の十年後の姿を模索しながら生き様を表現する日々。
2009年冬、栗岩稔オフィシャルWEBサイト「THE CLUB」を開設
2010年春、オフィス栗岩稔株式会社の設立準備

この二十年余りの社会経験によって培った人に対するということを様々な観点から語り、
働くことや礼儀や節度など、生きていく上で必要なことを伝え、人間力の向上と
戦い続ける人々へ心の底から湧き出る言葉を綴り続け、
次世代の人々のためにモノを介さない新たなカタチの創造に向かう日々。
人対人のつながりをもとに構築する「人の輪」
目の前に人がいないヴァーチャルかつ人との関係作りが薄れてしまったこの時代だからこそ、
本来あるべき人とのつながりやその関係の上に成立する「人の輪」
古の時代からあったはずの「人の輪」の構築へとつなげる。
言葉を伝えることを忘れてしまったこの時代に、今改めて面と向かって人に伝えます。
それが、栗岩稔の使命です。